衣料メーカーとして有名なパタゴニアは、環境保全に取り組んでおり、現在までにはさまざまな歴史があります。
パタゴニアの取り組みや株式譲渡の事例を見ると、企業のサステナビリティは新しいカタチへ変化しているとわかるでしょう。さらに、社会的価値を発揮するのに企業やNPOなど組織形態が問われない時代になっていることについても解説します。
目次
パタゴニアのミッション
最初に、パタゴニアの企業概要や事業内容などについて解説します。
パタゴニアは1973年にイヴォン・シュイナード氏がアメリカ・カリフォルニア州で立ち上げたブランドです。
パタゴニアと聞いて“アパレル”や“アウトドア用品”などをイメージする人も多いのではないでしょうか。イメージ通り、パタゴニアはアウトドア用品の製造業で、一見、環境保全とは正反対の事業内容と感じられるかもしれません。
しかし、パタゴニアが掲げるミッションは「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」です。
現在は自社のビジネスが「なぜ」存在するのかを示したミッションになっていますが、1991年時点では「最高の商品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」、つまり「どのような方法で」がメインでした。
パタゴニアのミッションが「なぜ」に変化していった経緯には、創業者であるシュイナード氏の経験があります。
なぜパタゴニアは環境保全に取り組むのか
パタゴニアが環境保全に取り組む理由や経緯は以下の通りです。
クライマーと地球の両方にとって良い商品を
パタゴニアは現在アパレルやアウトドア用品を扱っていますが、創業時はピトン製造の事業に携わっていました。
ピトンとはロッククライミングの際に岩に突き刺すピンのことで、クライマーだったシュイナード氏が手作りで始めました。
しかし、ピトンの需要が増えるにつれて手作りでは追いつかず、大量生産するようになります。
クライミングが流行ってピトンの売上が伸びるメリットがある半面、ピトンを突き刺すダメージによって崖が傷ついてしまうという問題もありました。
ピトンの製造を通して、シュイナード氏は自社の売上だけでなく、環境保全も考慮しなければならない状況に直面しました。
そして、現在はこの教訓を活かしてクライマーに使いやすく、岩へのダメージも最小限に抑えた「アルミチョック」を販売しています。
また、単にアルミチョックを売るだけでなく、開発に至るまでの経緯や想いを「クリーン・クライミング」というメッセージにして顧客へ届けています。
経営危機から企業の存在意義を問い直す
シュイナード氏はアルミチョックを流行させたと同時期に、アウトドア用ウェアの製造も開始しました。
これこそが現在のパタゴニアで、機能性やカラフルなデザインなどで他社よりも圧倒的な人気を誇るアパレルブランドとなりました。
ところが、売上も絶好調だった1990年頃に起こったアメリカ景気後退によって、パタゴニアは経営危機に陥ります。
融資返済やリストラなどさまざまな問題を抱えた状態で将来に危機を感じていたシュイナード氏は、今までの事業活動が環境の破壊につながっていたことに気づきました。
この経営危機を通して、シュイナード氏は企業の存在意義を問い直しました。
事業拡大ばかりに目を向けるのではなく、自分たちが本当に大切にしなければならないことを考え直した結果、定められたのが以下のミッションです。
「最高の商品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」
パタゴニアは目の前の売上だけを考えるのではなく、7世代先の未来も踏まえた環境に優しい経営を意識するようになりました。
製造業と環境保全のジレンマに挑む
製造業の発展は自社の売上をアップできたり消費者のニーズに応えられたりするメリットがある一方、需要が伸びるほど環境を破壊するというジレンマがあります。
アパレルに限らず、製造業は他の業界に比べても、原材料の仕入れや二酸化炭素排出など環境にダメージを与える要素が多いと考えられます。
ピトンによる岩の破壊や経営危機を通じて、パタゴニアは環境保全を踏まえたビジネスをミッションと考えるようになりました。
そして1991年に生まれたミッションが以下です。
「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」
自社内の活動に加えて業界・社会に向けたアクションによって、パタゴニアは製造業であるにもかかわらず、売上と環境保全を両立させました。
現在のパタゴニアは、ビジネスはあくまでも手段で、環境保全に貢献することが目標となっています。
パタゴニアのサステナビリティに関する取り組み
ここでは、パタゴニアの実際の取り組みについて紹介します。
パタゴニアの取り組み事例として、以下のようなものが挙げられます。
・39%の工場が労働者に生活賃金を支払う
・フェアトレードプログラムによって64,000人以上の労働者を支援する
・使用するコットンの100%を有機農法で栽培している
・製品の98%でリサイクル原料を使用している
・JEPLANによってポリエステル繊維製品を新たな衣類へとリサイクルしている
この中の一部を詳しく解説します。
使用するコットンの100%が有機農法
1996年以来、パタゴニアのコットンはオーガニック限定で使用されています。
さらにリサイクルコットンやオーガニック認証パイロットコットンなども加わり、有毒な科学物質を使わないコットン栽培を行っています。
しかし、パタゴニアは創業当初から100%オーガニックのコットンを使用していたわけではありません。
もともとはコットンさえ使えば環境に優しいと思い込んでいましたが、実は通常のコットンには大量の農薬が使用されていると1990年代初期に気づきました。大量の農薬は土壌や空気だけでなく、人間をはじめとするさまざまな生物にとって有害となります。
そこでパタゴニアは、有害な農薬への遺贈を廃絶し、コットンをオーガニック農法で栽培するようになりました。
製品の98%の原材料がリサイクル原料
アウトドアウェア以外にもシャツやパンツなど幅広いラインアップを取り揃えるパタゴニアは、使用する原料も多岐にわたります。
パタゴニアの製品の98%がリサイクル原料を使用しており、サステナビリティな製造を実現しています。
パタゴニアが使用するリサイクル原料として、コットンやポリエステル、ナイロンなどがあり、それぞれもともとの材料を無駄にしない取り組みを行っています。
例えば、リサイクルコットンは、製造工場から出る端切れを使用しています。
本来コットンを生産するためには、大量の土壌や水、コストなどを必要とします。リサイクルコットンを使用することは、環境資源だけでなくコストも抑えられるので、自然にとっても自社にとっても嬉しい生産方法と言えるでしょう。
他にも、リサイクルポリエステルの使用によって石油使用量を減らしたり、リサイクルナイロンの使用によって温室効果ガス排出量を減らしたりする取り組みがあります。
パタゴニアのリサイクル原材料は、未来の環境や製造業を守るサステナビリティな取り組みです。
JEPLANによるポリエステル繊維製品のリサイクル
JEPLAN(川崎市に本社を置くリサイクル業者)によって回収された生地の切れ端や糸くずと衣類を使用し、リサイクル衣類を製造しています。
2023年秋冬シーズンのベスト・セーターの58,967キロがJEPLANによってリサイクルされた製品というデータもあり、パタゴニアは循環型の衣類製造によってサステナビリティに貢献しています。
アパレル業界のサステナビリティを牽引するという強い意思
パタゴニアは自社の取り組みに限らず、アパレル業界全体を牽引するという強い意志もあります。
アパレル業界が抱える問題として、環境以外に労働面が挙げられます。アパレルを含む製造業の多くは、劣悪な環境の工場での重労働や低賃金などが当然とされてきました。
現在の製造業における労働環境は一昔前と比べると改善されているものの、世界的に見るとまだまだ劣悪な環境はゼロにはなっていません。
パタゴニア単独でもサプライチェーンの透明化や労働者への生活賃金の支払いなどを行っていますが、アパレル業界全体でサステナビリティに取り組むためには他社の協力が必要不可欠です。
例えば、2010年からはアパレル産業やNGOなどのトップリーダーを集めた「サステナブル・アパレル・コーリション(SAC)」に加入しており、アパレル業界が抱える課題や解決策などについて話し合っています。
「環境に不必要な悪影響を与えないアパレル産業と、その活動を通じてそれらに関連する人びとやコミュニティーに肯定的な変化をもたらす」ことを目標としており、環境的・社会的にアパレル業界が貢献することを目指しています。
2022年9月に全株式を環境保護団体などに譲渡
パタゴニアのサステナビリティをさらに促進させた取り組みとして、2022年9月に実施した株式譲渡が挙げられます。
現時点の事業成長よりも将来の地球の繁栄を選択
譲渡された株式は全体で約4,300億円に相当し、譲渡先は環境危機対策に取り組むNPOや信託でした。
この譲渡は「環境保全にかかわらない事業への投資をしないこと」と「事業成長よりも地球の将来の繁栄を優先させたこと」の表れとして、大きなニュースとなりました。
パタゴニアが株式を譲渡した2022年は「ステークホルダー資本主義」が浸透しており、多くの企業は会社に利益をもたらす取引相手などを優先させる傾向にあります。
ステークホルダー中心の企業活動が主流の世界で、将来の地球環境を優先させたパタゴニアは、多くの企業に影響を与えました。
そして、パタゴニアの株式を譲渡された環境NPO「ホールドファスト・コレクティブ(Holdfast Collective)」と、信託「パタゴニア・パーパス・トラスト(Patagonia Purpose Trust)」は、アパレル事業を通して将来の環境を守るよう活動しています。
これからは企業やNPOという境目がなくなる
ここまでパタゴニアの環境に対する想いやサステナビリティな取り組みなどについて解説しました。
重要なのは、パタゴニアはボランティアや非営利団体としてではなく、一つの企業としてアパレル業界が抱える課題などに立ち向かっているという点です。
実際に、パタゴニアのホームページでは自社を「レスポンシブル・カンパニー(責任ある企業)」とし、「利益と環境保全活動は切り離さない」と記しています。
今後は、パタゴニアのように、一企業として社会問題に取り組む組織が増え、企業やNPOという垣根がなくなると予想されます。
NPO法人が設立された1990年頃は「非営利」は一般企業と大きく異なり、ボランティア要素が強い団体と考えられていました。
しかし、環境や労働など世界で抱える問題が共通化されているという理由から、現在では営利・非営利関係なく「サステナビリティな取り組みをしている」という点は評価されるようになりました。
つまり、これからの時代は社会的価値の発揮に組織形態は問われないということです。
SPO(Social Purpose Organization)とは
サステナビリティ活動に組織形態が問われなくなった時代において、「SPO」というワードが広がっていくでしょう。
SPOとは「Social Purpose Organization」の略で、社会目的を推進する団体を指します。社会的課題を解決するための投資やアイデア出しなどを行っており、営利・非営利は関係ありません。
実際に、カナダ経済社会開発省は、SPOについて以下の見解を示しています。
「SPOs」は、社会的または環境的目的を推進する使命を持つ様々な組織から構成される。
出典:カナダ経済社会開発省
SPOsには以下が含まれる:
・慈善・非営利セクター(登録慈善団体、非営利法人、非営利協同組合)
・民間セクター(社会的または環境的使命を推進する市場セクターの協同組合および民間企業)
・ブリティッシュ・コロンビア州やノバスコシア州にある地域貢献会社や地域利益会社などのハイブリッド組織
上記を参照すると、パタゴニアは「環境的使命を推進する民間企業」に該当しています。
一般企業が複数のSPOに該当している海外と比べて、日本では「環境的使命を推進する組織=非営利」というイメージがまだまだぬぐいきれていません。
パタゴニアを一例として、日本でも「SPO」の概念が広まり、組織形態に関係なく社会的・環境的活動に取り組む組織が増えていく必要があるでしょう。
SPOについてさらに知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
まとめ
今回の記事では、パタゴニアの環境保全・サステナビリティへの取り組みを中心に解説しました。
パタゴニアはピトンの製造や経営危機などを通して、経済活動は環境保全のもとでしか成り立たないことを理解し、環境保全に力を入れるようになりました。
パタゴニアはリサイクル原料の使用や労働環境の改善などによってサステナビリティに貢献し、自社だけでなくアパレル業界全体を牽引する強い意志を持っています。
また、パタゴニアはあくまでも企業として利益も追及しているという点を考慮しなければなりません。
組織形態に関係なく、環境保全やサステナビリティに取り組める日本社会になっていく必要があると言えます。