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【スペシャル対談】社会のサステナビリティを考える——一歩を踏み出す、個人と組織の役割

「誰もが社会課題解決の主役になれる世界」をビジョンとして掲げ、関連する社会課題の検索や診断を通じて、企業と社会的事業の連携やマッチングを支援する共助共創プラットフォーム「サステナNet」を運営するICHI COMMONS株式会社。

さまざまな分野で活躍する専門家の皆さんと同社代表の伏見崇宏との対談を通じて、サステナビリティに関する新たな視点や考え方をお伝えしていきます。

初回は、NPO活動に25年以上従事し、現在はインパクト・マネジメントなどの分野でご活躍されている今田克司さんと、海外企業の日本法人や日本の大手企業の役員として活躍し、現在はICHI COMMONSの特別顧問としても関わる田中豊人さんの2名をお迎えしました。

田中さんと伏見は10年以上の付き合いがあり、GEの日本法人で数年間ご一緒しました。また、今田さんと伏見も約4年前から付き合いがあり、お二方とも現在はICHI COMMONSの特別顧問とアドバイザーという形で関わってくださっています。

対談では、NPO・企業双方の視点から現状や課題について話を深め、サステナ時代に変わりつつある企業とNPOの関係性や、組織同士の連携の必要性についてお話しています。

(以下、敬称略)

<対談者プロフィール>
今田 克司さん
1994年より、米国、日本、南アフリカで市民社会強化の分野でNPO/NGO活動25年に従事。​​2013年帰国後、金融、企業、ソーシャルセクターにおける社会的インパクトの理念やインパクト・マネジメントの実践の普及に尽力している。
現在、株式会社Blue Marble Japan 代表取締役、一般財団法人社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ(SIMI)代表理事、一般財団法人CSOネットワーク常務理事など。

田中 豊人さん
コニカミノルタホールディングスでカメラ・フォト事業の構造改革・事業撤退、全社新規事業責任者等に従事後、2009年日本GE(ゼネラル・エレクトリック)ヴァイス・プレジデント 戦略・事業開発担当、専務執行役員。2018年 アリババ(日本法人)代表執行役員副社⻑ 兼 アント フィナンシャル ジャパン代表執行役員COO。2020年 リコー常務執行役員、コーポレート上席執行役員 CDIO(Chief Digital Innovation Officer)などを歴任。現在、みずほフィナンシャルグループ エグゼクティブアドバイザー、経済同友会幹事。

ソーシャルセクターの環境を制約する要因

伏見:田中さんはICHI COMMONS(以下、ICHI)に今年4月から特別顧問として関わっていただいていますが、NPOの課題として、特に印象的だった発見はありますか。

田中豊人さん

田中:マクロ視点では、アメリカと日本の比較で、個人の寄付総額がふるさと納税を入れても30倍違うことに驚きました。日本のNPOを支えるバックグラウンドが、脆弱であまり整備されていない印象が強まりました。

同時に、寄付者側の課題も感じました。企業などの寄付者側は、効率的な資金使途を重視したり、なるべく直接的な支援活動に使ってほしいという思いがある一方、社会活動に取り組まれている団体としては、オフィスの維持費やスタッフの人件費など間接費用に寄付金を充てる必要があります。

寄付者側がこの点を理解していないと、SPOやNPOの活動に制約や手間が生じることもあることを知りました。他にもさまざまな制約要因によって、社会課題に取り組む人々が純粋に自分たちの使命に集中できていない状況にあると感じています。

伏見:今田さんがいま、とてもうなずかれていましたね。

今田 克司さん

今田:確かに日本の寄付への理解は、いま田中さんがおっしゃったような現状です。

この30年やってきた実感値を言うと、日米のNPOの環境を比較すると、“空白の15年”が大きく影響していると思います。

アメリカは行政が脆弱な国だったこともあり、1960年代のジョンソン政権の「偉大な社会」の頃から、NPOが再開発や社会課題解決に取り組む役割を担うようになりました。

今はグローバルの潮流の中で結果や責任を問われるようになっていますが、アメリカでの最初の20年ぐらいは、NPOも成果よりも専門性や意欲を重視される傾向があり、いわば社会に育ててもらっている時代でした。

しかし、日本のその時代はというと、1972年の浅間山荘事件が象徴的ですが、社会運動の一部が暴力的になってしまったことを境に市民と社会運動の間に断絶が生まれていました。その後、市民活動が再開された1980年代後半までの期間を、私は“空白の15年”と呼んでいますが、この間日本のNPOはあまり育ちませんでした。

その結果、日本は成果を一旦置いておいて想いや意欲で運営することが許される時代が短く、間接費や組織運営に対する理解が限られているという課題が今もなお存在しています。

多くの寄付者は、NPO職員の給与にお金を出すのではなく、社会課題の現場、たとえば貧困の子どもたちへの支援に100%使われることを望んでいます。このような背景が、日本のソーシャルセクターの制約要因の一つになっています。

その後、1998年に特定非営利活動促進法(NPO法)が制定されましたが、事業での収益化はあまり進まず、2000年代以降は社会事業家や社会起業家が登場しました。

彼らの多くはNPOが十分な収入を得る職業として成り立たないため、ソーシャルエンタープライズ(社会的な問題解決を目指すビジネス)を追求しました。
それでも必ずしも多くの収益が得られたわけではないのですが、NPOは初期の波において、多様な人がフルタイムで働く仕事の選択肢として定着するチャンスを逃した印象があります。

NPOの信頼醸成にはマインドセットの変革が必要

伏見:企業がNPOとの連携を考えるときに一番重視していることは「信頼できるか否か」です。NPOに対してICHIが何を提供できるとNPOの社会における信頼度が上がっていくと思われますか?

今田:日本のNPOはまず、自分たちが信頼できる存在であることを証明しなければならないというハンデがあります。

日米のNPOが置かれている環境について話すと、社会がリスクテイクかリスクアバース(リスク回避)かによる違いは大きいと思います。

日本社会はリスクアバースの文化なので、「NPOへの寄付はいかがわしい宗教団体の募金と一緒では?」といった考え方があれば、それがどんどん広まってしまいます。
一方、アメリカでは「ハズレかもしれないけど寄付してみよう」「私も寄付してみようかな」といった風土が根付いています。
つまり、日米ではNPOの信頼づくりはベースから異なります。

また、日本のNPOは社会的地位も給与も低く、この状況は20年以上前からあまり変わっていません。

今でこそ社会課題の専門家としてNPOの方々がテレビに出演することもありますが、10年くらい前までは専門家といえば大学教授などの肩書きを持っている人ばかりで、私が現場を知っていると思っていたNPOの方々は出演されていなかったです。

また、メディアでは個別の団体名を出すと問題があるとされ、団体名が明示されないのもNPOの信頼性向上にとってはマイナスだと思います。

田中NPOの方々が自ら信頼を築くことに労力を割く必要があること自体、確かに一つの課題だと思います。

本来、社会課題解決に取り組んでいる方々が称賛され、メディアなどからも好意的な支援を受けてもよいのに、自らで信頼を証明するために時間と労力を費やしてしまい、本来の活動が犠牲になるという悪循環のようなことが一部で起きているように感じます。

この状況を変えるためには、さまざまなレベルで、マインドセットの変革が繰り返し行われる必要があるように感じます。

社会の仕組みやマインドセットを変革していくためにも、私たちICHI COMMONSという組織が存在していると改めて確認できました。

伏見:今は優先できていないのですが、我々ICHIも、NPOの社会的地位を高めていくという考えをもちろん持っています。

今は「資本のあるところ(企業)から、ないところ(NPO)に流す」という、一見すると企業がNPOを支援する流れを作ろうとしていますが、立場としては社会的事業やNPOと企業は同じであると我々は考えています。

相対的に低いNPOの社会的地位をどう上げるかが、我々ICHIがやらなければいけないことかつやりたいことです。

サステナブル時代、社会課題の解決は万人のものに

伏見:これまでNPOの歴史や課題について話してきましたが、サステナブル時代に突入している今、NPOやサステナビリティに取り組む企業を取り巻く環境は変化していると思いますか?

今田:取り巻く環境の一番の変化は、社会課題の解決が万人のものになったことだと思います。

NPO法が設立された90年代は、NPOの「非営利」という部分が特に注目されました。

この「非営利」は資本主義の市場原理の中では動かないような動き方ができるという意味であり、決してお金を生み出さず、儲けないということではありません。しかし、日本ではそこが勘違いされたまま今日まで来てしまいました。

しかし、社会課題の解決が万人のものである時代になったことで、営利なのか非営利なのかは関係なくなりつつあります。つまり、「営利・非営利どっちなの?」という問い自体が意味をなさない社会になり、NPOなどの非営利団体が信頼を得ていくことに今までのしがらみはなくなってきていると思います。

これからは、企業やNPOなどの分け方ではなく、「社会的な価値を創造することを目的としているか」や「『ソーシャルパーパス』を最上位に持っている組織かどうか」が重要視されます。

特に海外では、このような組織を『ソーシャルパーパス』を持っている組織として「SPO(Social Purpose Organization)」と呼んでいます。ICHIでもそういう呼び方をしていますよね。

NPOとして社会課題の現場を一番わかっているという部分はそのままに、ビジネスマインドもあってお金稼ぎと両立させていることを見せていくことで、NPO=信頼がないという固定概念を打ち破れるというのは大きいと思います。
つまり、NPOも「我々はSPOです」と言えば良くなります。

ICHIは、SPOが社会で活躍できるような仕組みを構築していくことが使命だと思います。

田中:SPOという言葉は、日本ではあまり使われていないのではないでしょうか。

また、企業もいわゆるパーパス経営の中で、持続可能な社会づくりに責任を果たす、社会課題解決を目指す、というパーパスを掲げた活動に取り組んでいれば、企業もSPOの一つだということですね