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気候変動より生物多様性?自然資本回復へ、ビジネス界の動きと循環システムとしての地球

環境、地球、生物圏、生態系、生物多様性、気候変動、自然資本、ネイチャーポジティブ

地球温暖化(*1)は、すっかり身近な問題になりました。温暖化の一因とされる気候変動や、カーボンニュートラル(*2)について、多くの人が知るところ。

けれど、これだけ広まっているということは、裏を返せば、十分かはともかく、対策が進んでいるということです。その陰で、と言ってはなんですが…、

人類にとって最もリスクが高いとされる問題は気候変動ではないこと、ご存知でしょうか。もっとマズイ問題はいろいろあって、しかも、もうとっくに「地球の限界を超えている」というのです。

現在、世界で急速に動きが進んでいる「ネイチャーポジティブ」とは?そもそも、何がどう問題で、どれくらいマズイのか?

持続可能な人間活動という観点から、地球環境問題の全体像を見ていきましょう。

*1:大気中にある二酸化炭素やメタン、フロンなどの温室効果ガスが増え過ぎ、宇宙に逃げようとしていた熱が地表にたまりすぎることで、気温が上昇したり、地球全体の気候が変化すること。(WWFジャパン(2019)

*2:「脱炭素」。温室効果ガスのひとつである二酸化炭素の排出量を削減すること。

自然資本回復へ向けたビジネス界の動き

現在、ビジネスの世界で大きなうねりとなっているのが、生物多様性を含む自然資本の回復を目指す「ネイチャーポジティブです。

自然資本とは、森林、土壌、水、大気、生物資源など、自然によって形成される資本(ストック)のこと。自然資本から生み出されるフローは、食料や燃料、気候緩和など、私たちが恩恵を受けるところの「生態系サービス」(*3)と捉えることができます。(環境省(2014)

国際自然保護団体コンサベーション・インターナショナルは、次のように表現しています。

「自然資本」は、「人的資本」と「金融資本」を支えるものです。気候変動、人口増加、汚染などで自然が脅かされると、社会や経済も脅かされます。 自然資本は長い間、タダ”とみなされてきました。これは、自然が与えている利益が当たり前のものとして捉えられていたからですが、もはや、地球が再生できないほどの速度で自然が消費されています。コンサベーション・インターナショナル・ジャパン

そんななか、自然関連の行動目標や測定方法、情報開示の枠組み、外部評価の仕組みが整いつつあり、企業がESG(環境・社会・ガバナンス)の観点からも自然資本を無視できなくなってきています。

世界経済フォーラムによれば、自然および自然由来のサービスに依存する経済的価値創造は、世界の総GDPの半分以上にあたる年間44兆米ドル(世界経済フォーラム(2020))。

2021年には、世界の資金の流れをよりネイチャーポジティブなものにするため、自然関連財務情報開示タスクフォース「TNFD」(Task Force on Nature-related Financial Disclosures)が立ち上がりました(2022年8月現在、ベータ版公開中)。

これは気候変動に関する「TCFD」(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)の自然資本版で、今後、企業は自社の事業が自然に与える影響等の開示を求められることになります。

また、気候にとどまらず自然全体にとって企業活動を持続可能なものとしていけるよう、自然に対する科学に基づく目標「SBTN」(Science-Based Targets for Nature。測定・行動可能な目標)の設定手法が開発されています(2022年8月現在、ベータ版公開中)。

さらに、環境問題に対する企業の取り組みを評価するCDPも、2022年より、これまでの「気候変動」「水セキュリティ」「フォレスト」に「生物多様性」を加え、2023年からは「土地利用」「海洋」「食料」「レジリエンス」「廃棄物」「プラスチック」等に関する質問も加えることとしています。(参考: 日経ESG(2022), CDP (2022)

*3: 生態系サービスとは、人間が生態系から得ている恩恵、利益のこと。国連主導の環境アセスメント「ミレニアム生態系評価」の報告書のひとつ(2005年)では、生態系サービスと人間の福利との関係が整理されました(同報告書p.6。以下はそれを基にした環境省平成19年版『図で見る環境白書・循環型社会白書』内の説明より)。
1) 供給サービス
 食料、燃料、木材、繊維、薬品、水など、人間の生活に重要な資源を供給するサービス。
2) 調整サービス
 森林があることによって気候が緩和されたり、洪水が起こりにくくなったり、水が浄化されたりといった、環境を制御するサービス(人工的に実施しようとすると膨大なコストがかかる)。
3) 文化的サービス
 精神的充足、美的な楽しみ、宗教・社会制度の基盤、レクリエーションの機会などを与えるサービス。
4) 基盤サービス
 光合成による酸素の生成、土壌形成、栄養循環、水循環など、上記のサービスの供給を支えるサービス。

9つの地球サブシステム、すでに「限界」なのは?

自然と人間活動にまつわる課題には様々なものがあり、互いに関連しています。

それらをまるっと包括して捉えたいときに参考になるのが、「プラネタリー・バウンダリー(planetary boundaries:地球の限界)」Rockström et al. 2009a)。

プラネタリー・バウンダリーとは、「これ以上、人間が圧力をかけると、地球は回復不能になってしまうかもしれない」という閾値、臨界点のことです。SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)にも大いに影響を与えた、ストックホルム・レジリエンス研究所のチームが提唱しました。

地球というシステム(系)の中に、以下の図のような9つのサブシステムが想定され、越えるとマズイ境界がそれぞれ定量的に設けられています(まだ算出できていないものも)。

生物多様性、生態系、ネイチャーポジティブ、プラネタリーバウンダリー、気候変動、生物圏の一体性、土地利用の変化、淡水系利用、生物地球化学的循環、海洋酸性化、大気エアロゾルの負荷、成層圏オゾンの破壊、新規化学物質
緑色は人間が安全に活動できるとされる領域、点線が「閾値、臨界点」、オレンジ色は不可逆的で壊滅的な変化が起きるリスクが高いとされる領域。(https://www.stockholmresilience.org/research/planetary-boundaries.htmlよりダウンロードした図を改変(英語部分を和訳)。)

図でオレンジ色になっている高リスクゾーンは、いわゆるレジリエンス(回復力、弾力性)が著しく損なわれている領域です。

それまでは、何かあっても自然に元の状態に戻るなどして目に付くほどの変化がなかったとしても、あるとき突然、根底的な変化が起き、元に戻らなくなる可能性が高いとされています。

そのようなリスクが最も高いと考えられているのは、左上から反時計回りに、生物圏の一体性生物地球化学的循環新規化学物質(*4)。

聞き慣れない表現が多いかもしれませんが、生物圏の一体性とは基本的に、生物多様性のことです。生物地球化学的循環(地球上の物質が生物および無生物の間を移動し、循環すること)で問題とされているのは、化学肥料の流出などによる過剰な窒素・リン。新規化学物質で特に問題とされているのは、プラスチックです。

そして、気候変動は、閾値を越えているものの、上の3つほどには危険なレベルでないとされています。

*4:2009年の論文(Rockström et al. 2009a)で「chemical pollutants=化学汚染物質」とされていた部分が、2015年に「novel entities=新規物質」とされました(Steffen et al. 2015)。日本語では「新規化学物質」と訳されることが多いため、本記事でもそうしています。

地球システム全体をひとつのものとして捉える

上記9つのサブシステムは、それぞれの機能・役割を果たしながら、互いに影響し合っています。

特に、「気候」と「生物圏」は長く共進化してきた、地球にとっての「コアシステム」。

他のサブシステムに制御されつつ、地球全体のレベルでそれらを包括する、上位のシステムです。この2つは、他のサブシステムとは違い、「限界」を越えると単独で地球システム全体に根底的な変化を与え得るとされています。(Steffen et al. 2015

気候と生物圏を除く7つのサブシステムは、この両者への影響を通して地球システムおよび人間活動の持続可能性に影響を与えるからこそ、より問題になると言えます。

では、鍵を握る気候と生物圏とは、どのようなシステムなのでしょう?地球システムのなかで果たす機能・役割という視点で、2つを見ていきましょう。

【気候システム】エネルギーの分布と収支、生物圏への影響

気候は、大気、海洋、陸、雨や雪氷など、様々な物理過程の相互作用からなる複雑なシステムです。(東京大学 大気海洋研究所 気候システム研究系

それはまた、地球上のエネルギーの量や分布、エネルギー収支を表すものであり、生命が存在するための条件を形づくるものでもあります。(Steffen et al. 2015

太陽から届いた熱エネルギーは、緯度の違い、地表か海上か海中かなど、場所によって存在する量が異なります。このエネルギーの差(つまり温度の差)などによって、水などを媒体とする大気や海洋の大循環が起こります。

こうした特徴を通して気候システムは、生物の空間的な分布や、生態系の構造(*5)・機能(*6)の決定に関わります。

私たちにとってはたとえば、なんらかの理由で地球が温暖化したり、寒冷化したりすると、気温や気象による直接的な影響だけでなく、生物資源に依存しているがゆえの影響があります。

気候はまた、生物および非生物を通した地球上の物質の移動・循環(生物地球化学的循環)を制御するなどしています。

*5:生態系がどのような生物や無機的環境から構成され、構成要素間でどのような相互作用があるか

*6:生物が生態系にとって、生態系が地球システムにとって、どのような機能的役割を果たすか

【生物圏】地球システム全体のサステナビリティを担保

気候システムと切っても切り離せないのが、生物圏です。

生物圏とは、すべての生態系(陸、淡水、海)、すべての生物相(動物、植物、微生物)を含む概念で、生物が生息する空間や、そこで起こるあらゆる相互作用のことを指します。

生物圏には様々な役割がありますが、最も重要と言えるのが、変化に対する「応答」を通して、地球システムの持続可能性を高めるというものです。(Steffen et al. 2015

環境になんらかの変化があったとき、ある生物は適応できずに衰退し、ある生物は適応進化して繁栄するなど、生物はなんらかの「応答」を返します。

そうして、生態系は変化しつつも全体として存続していきますが、地球システムにとって極めて重要なこうした機能を支えているのが、生物がもつ遺伝情報の多様さ(≒生物多様性)です。

この「情報庫」こそが、生物圏があらゆる変化に対応し、地球システムを存続させていくためのレジリエンスの基礎となっています。

生物多様性について、詳しくは次回の記事でお伝えします。

温暖化を抑えるには、他のサブシステムを抑える必要

サブシステムは関連し合っているため、あるサブシステムが危険な領域に入っていると、他のサブシステムにも危険が及ぶ可能性が高くなります。

気候変動による温暖化を抑えたければ、気候以外のサブシステムが危険な領域に達していないかも考える必要があるということです。

たとえば、化学肥料の過剰使用によって窒素・リンの循環が「限界」を越えると(実際、大きく超えているとされます)、海洋生態系のレジリエンスが損なわれ、二酸化炭素吸収量が減少して、気候変動に関するリスクが高まるかもしれません。(Rockström et al. 2009b

また、シミュレーションによれば、アマゾンの熱帯雨林を取り除くと(土地利用を変化させると)、遠く中央アジアや中央アフリカで気温が3℃ほど上昇すると言います。 (Snyder et al. 2004a, b

気候変動リスクを抑えられるかは、土地利用や淡水系利用、窒素・リンの循環、海洋酸性化、大気エアロゾル、成層圏オゾンといった他のサブシステムを、安全な領域にとどめられるかにかかっています。(Rockström et al. 2009b

「システムとしての地球」を知り、持続可能な発展を

このように、地球は多くの要素が作用しあう複雑なシステムです。そこでは、エネルギーや物質が循環し、生命が変化を繰り返しながら存続しています。

前述の自然資本回復へ向けた動きは、自然ないし地球に対するこうした包括的な見方に加え、社会経済的な視点を取り入れて、人類全体が持続可能な発展を続けるためのものとなっています。

次回は、最も危険な領域に入っているとされる3つのサブシステム、「生物圏の一体性」、「生物地球化学的循環」、「新規化学物質について見ていきましょう。

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<参考文献>