「自動販売機におむつが入っていたらいいのに」
そんな子育て中のお父さんの声をNPOがすくい上げ、企業との連携を通じて「おむつ自動販売機」が実現しました。
さらに、そのアイディアが別の企業間連携も生み、おむつ自動販売機は全国にどんどん広がっています。
東京キリンビバレッジサービス株式会社、花王株式会社との連携によりおむつ自動販売機の第一号を開発につながったウェルカムベビープロジェクト。その事務局をつとめる認定NPO法人こまちぷらすの森祐美子さんにお話をうかがいました。
今回は、後編。おむつ自動販売機開発にあたっての企業との連携や、NPOとしての役割、得られた成果などについてです。(おむつ自動販売機がどのようなものか、そして開発に至った経緯については、前編をどうぞ。)
森 祐美子 さん
認定特定非営利活動法人こまちぷらす 理事長/代表
目次
まずは自分たちのなかで理解者を増やす
ーー企業さんと一緒にプロジェクトを進めるなかで、苦労されたことがあれば教えてください。
森さん:私たちというより、キリンさん、花王さんの担当者の方の苦労になるんですけれども。
新しいものを開発するときは、大規模調査をし、何人ぐらいが使うかという予想や、収支の計画を立て、それが成り立つかどうかを何年もかけて検討するんですが、おむつ自動販売機はそういう過程をかなりすっ飛ばして実現していったんですね。
社内ではもちろん反対の声もたくさんあったと思います。一番苦労するのは、社会で理解者を増やす前に、自分たちの中で増やしていくというところではないかと思います。
「一人のお父さんがこう言っているから必要なんです」というのは、気持ちはわかるけど、「でも、それってうちの会社にとってどういう意味があるの」と当然、聞かれるわけです。
それを、「社会にとっても必要だし、自社にとってもこれだけの可能性があるんだ」と説得していくプロセスがとても大変だったと聞いています。
ーーどのようにしてそうした壁を乗り越えられたんでしょうか。
森さん:一番は熱意だと思います。担当者の熱意がないと、その後の話が続かないので、本当に必要だと思うんです。
社内で説得をしていく熱意と、そこに社会のニーズがあるということを伝えていける言葉を持っていたことかなと思います。
そして、今回はタイミングがすごく良かったと思っていて。花王さんとしても、ちょうど2枚パックおむつの製造を計画していたし、キリンさんとしても、自動販売機のこれからのありようを検討していたタイミングだったそうです。
コロナ禍の前でしたけれども、人口構造的に高齢者が増えて、今後長い目で見たときに移動する人が減っていくことは見えていましたし、環境のために「マイボトル」を持ち歩くという流れもありますので、自動販売機はその中でどういう役割を果たしていくのか。
そんなときに、コミュニケーションツールとして、社会にとって違う役割を持つ存在としての自動販売機を検討していくタイミングだった。
しかも、ちょうど飲み物と物販を併設した自動販売機を開始したときで、箱としてベースがあったタイミングでおむつ自動販売機の話があったんです。箱すらゼロからの開発だったら、たぶんこの話は難しかったと思います。
両社ともにタイミングが合って、目的もはっきりしていて、担当者の熱意が壁を越えていけたから、最終的に連携がうまくいったのだと思います。
企業や設置者の課題も同時に解決した
ーー企業側として嬉しかった点について森さんが聞いているお話はありますか。
森さん:実は、おむつだけを売っている自動販売機は今までもあったんですよ。なぜ、おむつだけの自動販売機があったのに広がらなかったのか。なぜ、飲料とおむつをあわせると売れるようになったのか。ここがミソなんですね。
おむつだけだと、置かれる場所がベビールームの中などになってしまい、使う人が限定されるので、それだけで採算を取れるかという問題があり、置くモチベーションが生まれにくいんです。
だけど、飲料とセットになると、開かれた場に置かれて、使っていただける人の幅が広がるので、設置者にとって置くモチベーションが生じやすくなる。
たったそれだけのことなんですけど、設置者側の課題も解決されたんですよね。
他に、担当者の方から聞いた話ですけど、自動販売機って普通、営業をするんです。「置いてください」「設置させてください」という感じで。
でも、おむつ自動販売機に関しては、営業をするのではなく、されるそうです。「うちに設置したいんですけど、どうやったら設置できますか」と言われるそうなんですね。
そして、おむつ自動販売機以外ではめったにないことだそうですが、いつも感謝されるそうです。利用者さんからも設置者さんからも「ありがとう」と言われる。
これは営業としてすごく嬉しいという声をいただきました。
飲み物を買うことでプロジェクトに参加できるプラットフォーム
ーーこまちぷらすさんにとって嬉しかったことや、連携したからこその成果を改めてうかがえますか。
森さん:1つは、いろんな人が関われるプラットフォームができたということです。
どういうことかというと、自動販売機って、使う人は飲み物を買う行為をするだけなんですが、1本買うことによってこのプロジェクトに寄付が入るんですよ。その寄付で私たちは皆さんと出産祝いを作って、無料でお届けしているんです。
つまり、作って届けてみんなで赤ちゃんをウェルカムしていくことに、飲み物を買うことで参加できるプラットフォームを作ることができた。それが一番嬉しいことです。街のみんなが関われるものになったということですね。
「生まれてきてくれてありがとう」を見える形で伝える
森さん:それに近いものが2つ目です。出産祝いは家に届くものなので、作って届けることに直接関わっている人にはこのプロジェクトの中身が見えるんですけれども、それ以外のほぼ99%の人たちには何が起こっているか分からないんですよね。「街のみんなで赤ちゃんをウェルカム」と言いつつ、ほとんどの人にとっては知らないことなんです。
でも、ウェルカムベビープロジェクトのおむつ自動販売機は、「生まれてきてくれてありがとう」と書いてある独自のデザインのもので、それが街中あちこちにどーんと置かれています。
目に見える形で、「生まれてきてくれてありがとう」というメッセージを伝えられる、メッセージの媒体ができたということです。
さらに、そこに葉っぱが貼ってあるんですよ。これ、実は街の人たちが応援メッセージを書いて、葉っぱ型のシールにして、担当者が自動販売機に貼っているんです。場所によっては、街の人にアンケートを取って声を集めたりしていて。
そうやって、「お母さん頑張ってるね」とか、「楽しんでね」とか、誰かが応援するメッセージをセットで届けられるものになっているんです。
1人の声と、市民や企業の力が社会を変えていく
森さん:3つ目として、私たちにとっても初めての経験で、「みんなで赤ちゃんをウェルカムしたい」と思って自分たちが立ち上げたプロジェクトに関わってくれた皆さん同士で、誰かのニーズを拾って、私たちではなく皆さんが形にしてくださる。
そのダイナミズムを見ることができたことに、ものすごく勇気をもらえて。
社会って、たった1人の声で変わるんだ。しかも、それが市民や企業の皆さんの力によってできるんだ、というのが、本当に嬉しかったことです。
あとは、この寄付によって私たちの運営ができているところがあるんです。自動販売機収入はとても大きくて、このプロジェクトが存続できているのは、それによるところもあります。
NPOは「何のために」に立ち返ることを促す存在
ーー企業との連携のなかで、NPOであるこまちぷらすさんが果たされた役割はどのようなものでしょうか。
森さん:コラボレーションをするときに、「何のために」が抜け落ちていかないようにすることです。
企業と企業との連携の場合、どちらが責任を持つのか、どらちがどういう収益構造だとか、当然リスクなどをはっきりさせないといけないことがあると思うんですね。
そういったことはもちろんはっきりさせつつも、その議論だけに終始しないように、間に入って、「これって何のためでしたっけ」というところに常に立ち返ることを促す存在でいられたというのが大きかったと思っています。それがNPOの役割なのかなと感じました。
地べたの生活者の声に触れ、データとセットで見せていく
森さん:もう1つ、NPOができる大事なことは、生活者の声と実際のデータとを結びつけることですね。たぶん、NPOはこの生の声にいっぱい触れている、しかも、おそらく企業によるアンケート調査では拾えていない声を拾えているんですよ。
私も昔、企業の調査部で働いていたのですが、調査って何万人を対象にして出てくる数の割合を見ているんです。もしくは、デプスインタビューでモニターの方々の声を聞いているんです。
でも、本当に地べたの生活者の生の声に、手触り感を持って触れられるかというと、意外に触れられないと思うんですね。NPOはそこを触っているんです。
声が生まれる背景を伝えることによって、たとえば普段、子育てをあまり身近に感じていない60代の部長さんなどに話すと、「そういうことなのね」、「そういうことが世の中で起きているのね」という反応をもらえたり。NPOが生の声を伝えることによって、より問題が伝わりやすくなったりするのかなと思っています。
何か言葉になりきれてないところ、声になりきってないもの、そこを拾っているのは本当にNPOの大きな価値だと思っていて。その方の背景などを補完しながらリアルに伝えていくというのが大切な役割だと思います。
でも、それだけではなく、やはりデータも大切だと思っていて。声と、それを補完するデータがあることによって、企業の方々にとっては伝わりやすくなる。
1人の声のボリューム感と、その1人の声が、8割方の人の声なのか2割方の声なのか。たった1人の声だけではなく、多くの人たちのデータとのセットで伝わるようにすると、企業の担当者も内部で話しやすかったり決裁をあげやすくなっていくということはあるかもしれません。
そこは、プロボノなどでNPOの分野に関わる人が少しずつ増えてきて、皆さんが両軸に足を置きながら関わっていただけていることに大きな希望を感じています。
NPOの活動で、日々お母さんたちや貧困など様々な状況で今苦しんでいる方に120%の力を出し得て寄り添って話したりしながら、同時にデータも調べて整理して…というのは、時間的にも、関わっている人や仕事の性質的にもなかなか大変なので、上手にプロボノの方などを頼っていけることが今後大切になるのではないかと思います。
私たちはいっぱいそうした方のお力をいただいてきて、感謝しています。
NPOと企業との対話は異文化交流。「自分と違う」と思わず、相手の言語で話す
森さん:NPOと企業との対話は異文化交流に近いものがあると思っています。
私たちもそうなのですが、NPOは毎日いろんな人と接して声を聞き、すごく大事だと思うことを、大事だと熱意をもって伝えることができるんです。
でも、相手に伝わる言語で話さない限り、ただ文字が並んでいたり言葉が宙に浮いたままで、入らない。
相手に伝わる言語を使うということは、日頃NPOがやっていることの延長線でできると思うんです。NPOの活動では、いろんな方との協働でまちづくりをしていたり人に関わったり支援しているので、その相手に合わせて話し方や書き方を工夫しています。相手が企業でも同じことだと思います。
それが難しいと感じるのは、企業の皆さんを「企業の方」として見過ぎてしまっているからかなと思います。企業の中にいる人も、ただ1人の人なんだと、「自分たちと違う」と思わないことが大事じゃないかと思います。
壁を突破できたのは熱意のおかげだという話にもつながるんですけど、企業の方も同じ「人」なんだということをベースに、相手に伝わる言葉で思いを伝える。それが結果的に、社会のインフラを一つ、みなさんとつくっていくことに結びついたのだと思います。
<参考ページ>