グローバル化やZ世代の価値観の変化、ESG経営への注目を背景に、近年はダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)が企業経営の重要テーマとして位置づけられるようになりました。政府も「LGBT理解増進法」などの施策を打ち出していますが、現場での理解や実践にはまだ大きなギャップがあるという声も少なくありません。
DE&Iは、多様性・公平性・包括性のもとに多様な人材が互いに尊重しあい、力を発揮できる環境を実現するという概念です。本記事では、DE&Iの中でも性的マイノリティーやジェンダーギャップという課題に対して具体的に動くプレイヤーたちの取り組みを通じて、制度と文化づくりの両輪でD&Iを実現するヒントや、私たち一人ひとりが考えるべきポイントを探ります。
目次
DE&Iはなぜ、私たち全員の課題なのか?
制度の整備だけでは埋まらない現場のギャップ
2023年6月には「LGBT理解増進法」が施行され、事業主は性的指向やジェンダーアイデンティティの多様性に関する理解を深めるための措置を講じることが努力義務となりました。しかし、法律や制度を整えるだけでは、全ての人にとってのDE&Iが実現するとは言い難い現状があります。
電通グループの「LGBTQ+調査2023」では、日本国内におけるLGBTQ+当事者層は約9.7%という推計が示されました。一方で、「誰にもカミングアウトしていない」と回答した人は57.4%に上ります。制度が整っていても、職場で「自分らしさ」を安心して表現できない現実。ここに、制度と文化のギャップが如実に表れています。
文化づくりの重要性は、これからの世代が企業を選ぶ視点からも浮き彫りになります。Z世代を対象とした意識調査(株式会社RASHISA、2022年)によると、D&Iに積極的な企業に対して好感を持つZ世代は9割以上であり、年収が下がったとしても約7割が「D&Iに積極的な企業で働きたい」と考えているなど、多様な価値観と共に働くことや心理的安全性を保てる環境が、企業選びの軸になっていることがわかります。
制度から文化へ。DE&I実現に必要な視点の転換
DE&Iの本質は、規則や仕組みを作ることではなく、違いを当たり前に受け入れる文化を醸成することにあります。マイノリティ当事者に変化や適応を求めるのではなく、組織全体が学び、変わっていく。配慮ではなく、理解と共感に基づいた環境づくりが必要です。
制度は確かに重要な第一歩ですが、それを活かすも殺すも組織文化次第。日々の言葉遣い、無意識の偏見への気づき、心理的安全性の確保など、目に見えない部分の変革こそが、D&I推進の鍵となります。
今回は、企業の取り組みやNPOとの協働事例から、制度と文化の両輪で進むD&I推進のあり方と、社会全体を巻き込んだ変革への道筋を紐解いていきます。
制度と文化の両輪で進む企業のDE&I戦略
資生堂|“らしさ”を尊重する文化づくりと全社DE&I戦略
資生堂は2017年より、日本国内の資生堂グループで同性パートナーを異性の配偶者と同様に処遇する制度を導入しました。これには、育児・介護休業や慶弔見舞金などの福利厚生が含まれます。
同社の取り組みの特徴は、制度整備だけでなく、文化醸成に力を入れている点です。「LOVE THE DIFFERENCES(違いを愛そう)」をDE&I活動のスローガンに掲げ、全社員を対象としたLGBTQ+理解促進研修を継続的に実施。2024年6月のプライド月間には、当事者社員の体験談や外部有識者を招いたトークセッションを開催し、社員一人ひとりが考える機会を創出しています。
また、顧客接点においても変革を進めています。2019年から開始されたLGBTQ+応対研修を実施し、美容の専門知識を持つパーソナルビューティーパートナーが受講することで、どの店舗でも安心して相談できる環境づくりを推進しています。
参照:ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン|株式会社資生堂
KDDI|「ファミリーシップ申請」で家族の形を拡げる先進的取り組み
KDDIは2020年6月、同性パートナーの子を社内制度上の家族として扱う「ファミリーシップ申請」を開始しました。これは、2017年に導入した同性パートナーシップ制度をさらに発展させたもので、法律上親権を持てない同性パートナーの子についても、育児休職や子の看護休暇、出産祝い金などの社内制度を適用するという画期的な取り組みです。
この制度導入のきっかけは、同性パートナーシップを申請済みの社員から「将来的に子どもを持ちたいと考えている」という相談を受けたことでした。会社としてこの勇気ある声に応え、法律上は家族として認められない関係であっても、せめて会社の中では家族として認めたいという思いから実現しました。
KDDIは2014年度から全社員を対象としたLGBTQ+理解向上のeラーニングを実施し、2019年にはVRを用いたダイバーシティ研修も導入。「相手からLGBTQ+であることを告白される」「レズビアン当事者目線からみる職場」を疑似体験することで、自分ごととして考えるきっかけを提供しています。
参照:同性パートナーの子を、社内制度上”家族”として扱う「ファミリーシップ申請」を開始|KDDI株式会社
企業と非営利団体の協働事例から見る、社会を巻き込むDE&Iの形
次に、企業単独の取り組みだけでは変えられない社会的認知や制度面の課題に対し、非営利団体との協働を通じてアプローチしている事例を紹介します。
コカ・コーラ社と公益社団法人Marriage For All Japan|婚姻平等の支援
日本コカ・コーラは、公益社団法人Marriage For All Japan(MFAJ)と協働し、職場内外でのLGBTQ+理解促進および婚姻の平等実現を目指した取り組みを展開しています。
2023年には全国各地のプライド・パレードにコカ・コーラとMFAJが共同ブースを出展。「LGBTQ+アライのためのハンドブック」やコカ・コーラ社とMFAJが協働制作した「結婚の平等にYES!」ポストカードを無料配布する啓発活動を実施しました。
この協働の成果として、コカ・コーラシステムは「PRIDE指標2024」で3年連続最高評価のゴールドを獲得。他団体との協働推進を評価する新設の「レインボー」認定も受賞した記録があります。これは異なるセクターと連携し社会に働きかけた企業に贈られるもので、企業単独では実現できない社会的インパクトを生み出した好例といえます。
参照:コカ・コーラシステム全6社 職場におけるLGBTQ+への取り組み指標「PRIDE指標2024」にて最高評価「ゴールド」を3年連続受賞|コカ・コーラ ボトラーズジャパン株式会社
Marriage For All Japan|600社を超える企業が賛同する「Business for Marriage Equality」
さらにMFAJは、NPO法人LGBTとアライのための法律家ネットワーク、認定NPO法人虹色ダイバーシティと共同で「Business for Marriage Equality」キャンペーンを展開。婚姻の平等に賛同する企業を可視化する取り組みを進めています。
2020年に134社から始まった賛同企業数は、2025年2月時点で600社を超え、トヨタ紡織、村田機械、ダイセルなど大手企業も名を連ねています。賛同企業の国内従業員数は200万人規模に達し、経済界からの社会変革への機運が高まっていることを示しています。
参照:プレスリリース|公益社団法人MarriageForAllJapan-結婚の自由をすべての人に
パナソニックコネクトとプライドハウス東京|「Pride Action30」による社会変革
パナソニック コネクトは、2024年2月に「レインボービジネスネットワーク」を立ち上げ、アライ企業(※)約50社が集まるLGBTQ+に関する情報交換会やネットワークの機会を創出しています。
2024年6月のプライド月間には、NPO法人プライドハウス東京と共同で「Pride Action30」を企画・実施しました。これは20の企業・団体が連携し、LGBTQ+への理解を深め、アライの第一歩を踏み出すための「今すぐできる30のアクション」を提案するプロジェクトです。アクションは「『アライ』という言葉を調べてみる」「自分が住む地域のプライドパレードへの参加を予定してみる」など、誰でもすぐに実践できる内容で構成されています。
取り組みの背景には、「LGBTQ+への理解と支援の声を企業が上げることで、LGBTQ+をはじめとするマイノリティの方々にとって働きやすい環境作りを前進させる」という思いがあります。参加企業には、大手企業から中小企業まで幅広い業界の企業が名を連ね、セクターを超えた協働の力を示しました。
最終日のアクション30は「自分に何ができるか考えて、この取り組みを来月もその先も続けてみる」。プライド月間だけの一過性の活動ではなく、継続的な変化を促す仕組みとなっています。
※アライ:自身のセクシュアリティに関わらずLGBTQ+を理解し、支援する意志を持つ人。英語の「ally(同盟、仲間、味方、支援者)」が語源。
参照:Pride Action30|パナソニック コネクト株式会社
私たちに今できること。“傍観者”から“共に考える人”へ
「当事者ではないから関係ない」から脱する第一歩とは
DE&Iの実現において最も大きな障壁は、「自分には関係ない」という無関心です。先述したように、LGBTQ+当事者層は人口の9.7%。つまり、10人に1人は何らかの形で性的マイノリティに該当する可能性があります。
変化は大きな一歩から始まる必要はありません。本記事で紹介した企業の取り組みや、当事者の声に耳を傾け、知ろうとすることがはじめの一歩になります。また、日常の中にある無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)に気づくことも重要です。「彼氏/彼女はいるの?」という質問を「パートナーはいるの?」に変える。小さな言葉の選択が、誰かの心理的安全性を守ることにつながります。
そして、社内でD&Iの研修があれば積極的に参加する、プライドパレードに足を運んでみる、アライバッジをつけるなど、一人ひとりの小さな行動の積み重ねが、組織文化を変えていきます。
言葉選び、態度、場づくり。DE&Iとは、企業の文化
DE&Iは制度や仕組みだけでは実現しません。それは日々の言葉選び、態度、場づくりといった、企業文化そのものであるためです。資生堂の「LOVE THE DIFFERENCES」というスローガンが示すように、違いを恐れるのではなく、違いを愛し、祝福する文化。それこそが、真のD&Iの実現につながります。
DE&Iの推進は、マイノリティのためだけの取り組みではありません。誰もが自分らしく働ける環境は、すべての人にとって居心地の良い職場となります。イノベーションは多様性から生まれ、企業の競争力の源泉となります。
本記事で紹介した企業の事例は、DE&I推進の一例に過ぎません。大切なのは、それぞれの組織や個人が、自分たちにできることから始める姿勢。完璧を求めるのではなく、試行錯誤しながら前に進んでいく積み重ねが、誰もが”よく生きる”ことができる社会の実現につながっていくのではないでしょうか。