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人を動かすデザインとは?「関わりしろ」が社会課題解決への行動を促す


 
「誰もが社会課題解決の主役になれる」というビジョンを掲げ、企業のサステナビリティ経営やNPOとの協働を支援するICHI COMMONS。今回はアートディレクター・ デザイナーとして参画する井上が、業務を通じたビジョンの実現について語りました。

 

ICHI COMMONS株式会社
アートディレクター・ デザイナー
井上 麻由

早稲田大学教育学部卒業(2004)。その後、パリの大学院で社会開発学を専攻したのち8年半アフリカ・中東の7カ国において、零細ビジネス改善などの国際協力案件に従事。School of Visual ArtsのMaster of Fine Arts Design for Social Innocation修了(2018)後、デザイン事務所に3年在籍し、企業広告・コピーライティングなどに携わる。現在は、日本をはじめドイツ、ミャンマーなどの中小企業のリブランディングなどの個人事業と並行して、ICHI COMMONSにて社会課題解決のためのビジュアルコミュニケーションを担当している。2017年日本/世界銀行 共同大学院奨学金(JJ/WBGSP)受賞。

 

国際協力からデザインへ、もどかしさが導いた社会課題への関わり方

はじめに、ICHI COMMONSと出会うまでの経歴について教えてください。

元々は途上国の子どもたちが学校に行けない問題に関心があり、教育学を学んでいました。パリでは特にアフリカの社会開発について学び、その後8年半ほど、開発コンサルティングという業界で途上国支援の仕事に従事し、アフリカや中東の国々で保健衛生環境改善や初等教育、理数科教育案件などに関わっていました。

なかでも、セネガルの地場産品のマーケティングに関わる案件で、現地の人や外国人にどのように価値を伝えて売っていくのかを考える機会がありました。セネガル人のデザイナー・イラストレーターと仕事をするうちに、「これはただのマーケティングではなく、デザインの要素が大きいのではないか」と気づいたんです。

でも当時の私には専門的なデザインスキルもなく、思うような支援ができず、もどかしかったんですよね。それをきっかけに、ニューヨークの美大でソーシャルデザインを学ぶ決心をして渡米しました。

セネガルの地場産品のプロジェクト最終報告会にて。通訳・ドライバーらと(2015年)
セネガルの地方州局の政府役人と、地場産品の選定を行っているところ(2015年)

  

ICHI COMMONSとはどのように出会いましたか?

帰国後は都内のマス広告系のデザイン事務所で働いていましたが、ソーシャルデザインの学びをもっと活かしたいと考えていた頃に、知人がICHI COMMONSを紹介してくれたんです。

特に心に響いたのは、途上国での経験から感じていた「セクター間のコミュニケーション不足」を解決したいというICHI COMMONSの姿勢でした。開発コンサルの現場でも、同じ地域に様々な援助団体が入っているのに相互コミュニケーションがなくて、シナジーの薄い国際協力になっているケースはよく目にしていました。日本でも同じような構図があると感じていたので、それをどうにかしようとしているところに関心を持ちました。

でも個人的には、実は何をやっているかよりも、どんな人がやっているのかを重視しているので、代表やメンバーの雰囲気、メンバー同士の関係性に惹かれたというのが本音ですね。それぞれの特異な人生経験をもとに人生を楽しんでいる、面白いチームメンバーが集まっていそうと感じたことが、参画の決め手になりました。

  

ソーシャルデザインを学び、ICHI COMMONSで活動する中で、デザインに対する考え方にはどのような変化がありましたか?

もともと、見た目と構造の両方を成り立たせることがデザインだとは感じていました。だからこそ、グラフィックに留まらずにソーシャルデザインを学ぶ道を選んだ経緯があります。

アメリカではデザインというと構造の部分が重視される傾向があり、日本では見た目の方が重視される傾向があるように感じています。私自身、見た目と構造の割合を5:5くらいに捉えていたところから、現地でソーシャルデザインを学んだりICHI COMMONSに関わる中で、構造の重要性がどんどん高まっていきました。

特に対企業で求められるのは、本質的には構造のデザインだと考えています。たとえば複数の担当者がそれぞれ10のことを話したとき、全体でみた中でのそれぞれの情報の優先順位やメッセージの核はどこにあるのかなどを整理していく。人を動かすための情報整理の重要性も、ICHI COMMONSでの仕事を通じてより強く実感しています。

ニューヨークの大学院時代のクラスメイト、調査協力者のミュージシャンの人たちと(2016年)

 

人を動かす「関わりしろ」を生み出す、デザインの力

ICHI COMMONSでの具体的な業務内容を教えてください。

社会課題のインフォグラフィック制作や、ICHI COMMONSが新しいサービスをローンチする際の営業資料、企業のインパクトレポートなどを作成しています。代表やメンバーと一緒にストーリーを練り、ICHI COMMONSやプロジェクトに関わってみたい、なんだか面白そうだと思える部分をいかに作るかを考えながら、スライドやレポートに落とし込んでいきます。

当社の案件は、抽象度がとても高い状態で始まることが多いんです。明確なオーダーがほとんどありません。良く言えば自由度が高い、率直に言えば方向性が定かでない。そこで先ほど話した「構造」の部分が重要になってきます。クライアントがどういう言葉を使っているかに着目し、さまざまな立場にある人々の視点や想いをすくい上げながらキーワードを見つけ、掘り下げ、本質的に伝えたいことを見極めていく。

そうして最初の叩き台を作り出すのが、当社におけるデザイナーの大事な役割だと感じています。ソーシャルデザインでは、ビジュアルのデザインは全体の1割程度で、残りは現地調査やインタビューなどのリサーチが重要と学びましたが、まさにその通りだと実感していますね。

ICHI COMMONSの社会課題ライブラリのインフォグラフィック制作(一部)

 

社会的事業を行う非営利・営利法人の実態調査レポート2023のデザイン制作

デザイン業務を通じて社会課題解決にどう貢献できると考えていますか?

ブックデザイナーの祖父江慎さんは「1:√2」という比率を「死の数字」と呼んでいます。白銀比と呼ばれるこの美しい比率は、実は「最も人が捨てやすい比率(人に捨てられやすい比率)」なのだそうです。なぜかというと、美しすぎるから。人間は完璧すぎるものを自分事にできず、関係ないと思ってしまう。つまり「関わりしろ」、関われると思う余白がないということです。人間の無意識のところの話で、面白いですよね。

デザインも同じだと思っています。「わかりやすさが大事」とよく言われますが、本当のわかりやすさとは何なのか。100%が解き明かされ、説明されきった資料を見ても「わかった」「よかった」で終わってしまい、次の行動に移してくれないと思うんです。

私が意識しているのは、レポートや資料を見た人が、さらに知りたい、その先に関わりたいと思えるかどうか。絶妙な不完全さを持たせることが、自ら調べ、考えるといった行動につながると思っています。見た人にとっての「関わりしろ」をデザインでどう表現できるかが、デザイナーとしての私のミッションだと思っています。

  

「誰もが社会課題解決の主役になれる世界」というICHI COMMONSのビジョンを、どう解釈していますか?

ニューヨークの大学院時代の話になりますが、英語が流暢でないことからディスカッションに参加できず、透明人間のように扱われた経験が多々ありました。でも中にはできるリーダーがいて、その人は、議論に参加できないでいる私に「ポストイットを配ってくれる?」とか「みんなの発言をホワイトボードに書いてもらえない?」といった役割を与えてくれたんです。存在を認められた気がしてすごく嬉しかったんですよね。

どんな役割でも人は関われると嬉しいし、関われないということは、疎外感を感じるもの。だから「誰もが社会課題解決の主役になれる世界」とは、ひとつの同じ社会に住む私たちが、自分も誰かの問題解決の仲間になれて嬉しいと感じられる世界、存在を認められたと感じられる世界だと考えています。

今は、ICHI COMMONSの発信を見た人が「これは自分と関係ありそうだ」と感じてもらえるものを作ることで、ビジョンの実現に貢献できると思っています。あの手この手で、自分ごとだと思ってもらえる「関わりしろ」をつくっていきたいです。

 

人生は“意味”ではなく“願望”。フィーリングを信じて今を生きる姿勢

働く上で大切にしていることは何ですか?

 4つあります。まず、「何」をするかより「誰」とするかを重視すること。結婚と同じで、「具体的にこの人とはこんなことを成し遂げられそうだから結婚しよう」とはならないですよね。一緒にいたいと感じるかどうかをまずは大事にしています。

次に、プロセスのひとつひとつがゴールであると意識すること。遠くの大きなゴールだけを見ていると、途中のプロセスがおそろかになってしまうことがあります。各段階で関わる人も異なるので、ひとつひとつが価値ある体験であり、ゴールだと意識するようにしています。

そして、まったく新しい価値を作り出すのではなく、すでにあるものを発見すること。企業や組織には必ず社会的価値があるはずで、それをよく聞き、引き出し、見える形にして表現することを心がけています。

最後に、言葉にコンシャスであること。例えば「インクルーシブ」という言葉がよく使われますが、マジョリティがマイノリティを包含して“あげる”という発想を無意識に含んでいるようにも思えます。言葉の選び方は、自分が何者であるかを表現し、伝えることにもなるので、なるべく意識して使うようにしています。

 

これからの目標や挑戦について教えてください。

実は目標や挑戦は、意図的に作らない・考えないようにしているんです。ドイツのバウハウスで教鞭をとったモホリ=ナジ・ラースロー氏は「デザインすることは、職業ではなく態度である」と言っています。強いて目標を挙げるなら、私自身がデザインで実現したいと思う「態度」をすべてにおいて貫いていくことでしょうか。

(私も含めて)現代人は、未来のことを考えすぎだと感じています。AIと人間はどうなるか、老後資金はいくら必要か……確かに重要なことで、気にならないと言ったら嘘になる。でも未来のことを考えすぎると、今のひとつひとつに集中できなくなってしまいませんか。自分のスキルや仕事が未来に役立つのかどうかも、考えすぎると「今」なぜ生きているのかが、わからなくなってしまいます。なので、もっと自分のフィーリングや願望に素直になれたらと思います。

チャップリンの言葉を借りれば “What do you want a meaning for? Life is a desire, not a meaning”.(何のために意味なんて求めるんだ?人生は願望だ、意味じゃない)。自分の感覚を信じて、今この瞬間を大切に生きていきたいと思います。



 
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