「自動販売機におむつが入っていたらいいのに」
そんな子育て中のお父さんの声をNPOがすくい上げ、企業との連携を通じて「おむつ自動販売機」が実現しました。
さらに、そのアイディアが別の企業間連携も生み、おむつ自動販売機は全国にどんどん広がっています。
東京キリンビバレッジサービス株式会社、花王株式会社との連携により、おむつ自動販売機の第一号を開発につながったウェルカムベビープロジェクト。その事務局をつとめる認定NPO法人こまちぷらすの森祐美子さんにお話をうかがいました。
森 祐美子 さん
認定特定非営利活動法人こまちぷらす 理事長/代表
目次
街の人たちみんなで赤ちゃんをウェルカムする
ーーそもそもウェルカムベビープロジェクトとは、どのようなものでしょうか。
森さん:赤ちゃんの誕生を街のみんなでウェルカムする、「赤ちゃんウェルカム」な雰囲気の社会にしたいと、 大手運送会社さんと2016年に立ち上げたプロジェクトです。
行政や官主導でやるよりは民主導で、街の人たち、商店の人や企業の人など本当にいろんな人たちで、赤ちゃんやその家族に寄り添い、理解を深めていくことが特徴です。
実施していることの大きな柱は、出産祝いの品を街のみんなでつくって、お申し込みのあった方に無料で届けるということです。みんなでプレゼントをつくることで、子育てへの理解を深めていくことが、プロジェクトの大きな柱になっています。
「おむつが自販機で売っていたらいいのに」お父さんのリアルな声
ーーそのプロジェクトの中で、どのようにしておむつ自動販売機が生まれたのでしょうか。
森さん:出産祝いを作るために、毎年、選考会を開催しているんです。企業の皆さんが「出産祝いの中に入れるプレゼントはこんなのが良い」ということをプレゼンして、選考委員の方々が選んで、それを発表する会です。
その発表のあとに、市民の方や企業の方、いろんな方が集まってワークショップをしたんですね。「『あったらいいな』をみんなで実現する」をテーマに、皆さんでアイディアをブレインストーミングしました。
そのワークショップに1人のお父さんが参加していて、「おむつが自販機で出たらいいのに」ということを言ってくれたんです。
なぜそれが欲しいと思ったかというと、ある日の出来事がきっかけだったそうなんですね。
当時、2人か3人のお子さんがいらして、お母さんに「家でゆっくりしていていいよ」と言って、子供たちを連れて外に出たそうなんです。手をつないで、ベビーカーを持って、子供と一緒にお出かけをしたときに限って、おむつが切れてしまって……。
どうしよう、と思ってドラッグストアに行くと、大きなおむつが70枚入りのものしか売っていなかったそうなんです。ただでさえ子供たちを連れていて、荷物を持っていて、ベビーカーもあるのに、さらにそれを買わなきゃいけなかったんですね。
必要なのはたった1、2枚、というときに、そのたった1、2枚が買えることによって、お出かけもしやすくなるし、自分みたいに「お母さんゆっくりしてていいよ」と言えるようになる。だから、自販機みたいなものがあったらいいのにな、ということを言ってくれたんです。
おむつ自動販売機とは?
おむつ自動販売機は、飲料に加えておむつを売っている自動販売機のことです。2枚入りのおむつと、使い終わったおむつを入れるためのビニール袋1枚がセットになっており、ウェットティッシュも販売されています。
「生まれてきてくれてありがとう」と大きく書かれた、ウェルカムベビープロジェクトのオリジナルデザイン。子育て応援メッセージが書かれた葉っぱのステッカーが貼られ、地域の人たちの思いが綴られています。
「あったらいいな」と思っても、今まで自分でなんとかしてしまっていた
ーー実際におむつ自動販売機が設置されたあとの反応はどのようなものでしたか。
一番多かった声は、「こういうの欲しかったんだ」という声でしたね。こういったものが設置されるなんて「神だ」とツイッターなどでも言われて、まとめサイトまでできて。
それを聞いたときに、逆に不思議で驚いたのは、それだけ欲しいものだったのに、誰も開発してこなかったということなんですね。それだけ埋もれてきた声だったんだ、「あったらいいな」と思いつつも、多くの人が自分でなんとかしてきちゃったということなんだと。
自分でなんとかしてしまうということが続く限り、そうした声はずっと埋もれたままです。だから、ニーズって世の中に上がってきているようで、案外上がってきていない。我慢にかき消されているもの、なんとか自分でやっているからこそかき消されているものがあるのだということを強く感じましたね。
「おむつ自販機を置くなら、おむつ交換台もないと」結果的に場が変わる
ーーおむつ自動販売機を設置する側の反応はどういうものでしたか。
森さん:おむつ自動販売機を置くということは、子育て中の方々に向けた施設にしていきたいという誰かの思いがあるということなんですね。
だから、社内で議論をするときに、「じゃあ、おむつ自販機だけじゃなくて、おむつ交換台が横にあったほうがいいんじゃないか」という話が出てきて、おむつ交換台を設置するようになったという事例もあります。
また、よくあるのは、男性が入れない授乳室が多いので、お母さんだけが授乳室の中に入って、お父さんは蚊帳の外で何もできずに無力感を感じる、というような状況ですね。これをなんとかするために、お父さんでもお母さんでも入れる個室型のベビールームの設置をできないかと検討している設置者さんが、今まさにいらっしゃいます。
おむつ自動販売機を置くとなると、他のこともセットで考えることになるので、結果的に場が変わっていきますね。
共通の目標のもとに集まれるプラットフォームがあることが大事
ーー今回のおむつ自動販売機は、キリンさんと花王さんとの連携で実現したとお聞きしていますが、二社さんとはどのようなつながりがあったのでしょうか。
森さん:キリンさんと花王さんはもともとウェルカムベビープロジェクトに関わってくれていて、先ほどお話ししたワークショップに両社の担当の方がいらしていたんですね。その場でキリンの方が「それってできるんじゃないかな」と言ってくれたんです。
それからたった10ヶ月という本当に短い期間で、開発から何万回というテスト、社内決算まで全部、両方の会社を通して、第1号機設置に至りました。
キリンさん、花王さん、それぞれのつながりのきっかけは全然別なんです。キリンさんとは地域の会合でお会いしまして、花王さんとは全く別の事業でご一緒している企業さんからのご紹介です。
ある企業さんが、「横浜にこんな面白い活動をしている皆さんがいるよ」ということで花王さんにご紹介くださって、実際にお話をしたら「すごく面白いね」と言ってくださって。花王さんは初年度からこのプロジェクトにプレゼントの応募をしてくださっています。そこからずっと関係性が続いています。
ーーいざ、おむつ自動販売機を作ろうとなり、そこからつながったのではなく、プロジェクトを進めるなかですでに作られていたつながりを活用できたということでしょうか。
森さん:おっしゃる通りです。やはりプラットフォームがあるということが本当に大事ですね。
みんなで赤ちゃんをウェルカムしていこう、そういう社会をつくっていこうという共通の目標があって、そこにBtoBからBtoCまでいろんな会社さん、小規模な商店さんからナショナルブランドまで、本当にいろんな規模の各分野の皆さんがそこにいる。さらに、そこに生活者の声が入るということが、肝心なのかなと思います。
社会のために「競合」という考え方をやめる
ーーキリンさん、花王さん以外に、ダイドードリンコさんなどもおむつ自販機を作っておられますが、どう感じられていますか。
森さん:すごく嬉しいんです。
ウェルカムベビープロジェクトを始めるとき、一緒に立ち上げた運送会社さんが最初に話してくれたことは、「出産祝いを届けるのは別にうちの会社じゃなくていい。今後このプロジェクトが広がったときに、誰が参入してもいい」ということでした。「『競合』という考え方はもうやめよう、社会を作るためのプロジェクトなんだから」と。
このお話はとても大事だったと思っていて、今も大切にしています。
応募してくださった企業さんが競合同士でも、ビジョンに共感してくださっているならばそこは関係なく関わっていただいています。だって、社会を良くするためですから、皆さんそれぞれの資源を活かして参加していただけるのが良いので。
結果的に、おむつ自販機もダイドーさんだったら大王製紙さんと立ち上げられて、北海道コカコーラボトリングさんは帯広開建さんと組んでいらっしゃいます。ダイドーさんはもう200の「道の駅」で整備を始められていますし、皆さんがそれぞれの形で社会のインフラを作ってくださっている。
喜ぶのは子育て中の方々で、それを目指して作ったプロジェクトなので、本当に私たちとしては嬉しい話なんですよ。
*後編はこちらから。
<参考ページ>
ウェルカムベビープロジェクト おむつ自動販売販売機(こまちぷらす)