【スペシャル対談】社会のサステナビリティを考える——一歩を踏み出す、個人と組織の役割

問われる、社会と企業の持続可能性

伏見:これまでの話から、企業もSPOになりうるという考え方を得ました。

企業における有名なSPOはパタゴニアですが、今後SPOの方向に向かう日本の企業はどの程度いると思いますか?

田中:企業の置かれている状況にもよると思いますが、一つ言えることは、企業の経営陣のマインドセットだけではなく、株主や投資家、企業の分析をしているアナリストの方々の視点も変わらないとパタゴニアのような企業は増えていかないのかなと感じます。

今の企業経営の通信簿の一つはやはり当面の財務指標であり、株価でもあるので、ソーシャルインパクトについての評価のされ方に変化が生まれてこないと、なかなか難しいのではないかと思います。

パタゴニアのように非上場のオーナー企業であれば取り組みやすいようなことが、株式市場に上場している企業では制約や難しさが出るといったこともあるのかもしれません。

伏見:とはいえ今は、大手企業を中心にサステナビリティを考え、取り組むことが当たり前の時代になりつつありますね。

田中:そうですね。決して芽が出始めていないわけではなくて、ESGに関する各種取り組みは企業間で進行しており、これまでの財務指標に加えて、非財務指標や先行指標にも注目、目標設定をされる企業が増えていることは間違いありません。

「企業価値向上という視点で、短期の財務指標だけが企業評価のすべてではない」という考えは浸透してきていますが、パタゴニアのような企業と比較してしまうと、まだまだESGへの取り組みは初期段階という企業が多いのではないでしょうか。

伏見:企業にとって「社会のサステナビリティ」というものはどれだけ当たり前になってきているのでしょうか。まだESGに対応しなければいけないという義務感があるのか、田中さんの印象はいかがですか?

田中:企業自体のサステナビリティがこれまでになく意識せざるを得ない状況になっています。
企業はデジタル技術の急速な進化に加え、コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻など変化が激しく先行き不透明な環境下での舵取りを迫られており、現在のビジネスモデルがいつ崩壊するかもわからない中、企業自体の持続可能性が問われています。

少し余談ですが、私自身、「企業のサステナビリティが失われる」経験と、「企業と社会のサステナビリティがつながる」経験をしています。

私は大学卒業以来、写真業界で働いていました。デジタルカメラやカメラ機能を持った携帯電話の普及で、あっという間にフィルムや現像といった産業が消え去っていくのを目の当たりにしました。
自社では事業撤退を迫られ、世界的に有名だったコダックという企業は消えました。企業のサステナビリティが失われるという強烈な経験でした。

その後、GEに入社し、その仕事の1つとして、地域課題の解決を自治体と民間企業が連携してめざすという「サステナブルシティ・プロジェクト」を日本でリードすることになりました。ちょうど宮城県と連携協議を進めていた矢先に、東日本大震災が起こりました。

直後にGE Foundationという自社財団から約5億円、その後さらに追加で約5億円(合計約10億円)の支援を受け、震災後の週明けには宮城県と日本赤十字に寄付金を送金すると同時に、その支援金を活用した復興プロジェクトを立ち上げ、多様な関係者様と一緒に、中長期のあるべき姿を見据えつつ、目の前の課題解決に共に取り組むという貴重な経験をさせていただきました。

具体的には、ヘルスケア領域では東北3県へのドクターカーの寄贈。その他にも、多賀城市での植物工場立ち上げ、仙台空港周辺や石巻市の漁港での照明問題の改善などを短期で実施し、復興の一助を担わせていただきました。

この経験は、世の中に必要とされている事業を展開して適正な利益を得ている企業だからこそ、社会や地域のためになることができているということを初めて実感した瞬間でもありました。

それと同時に、地元関係者の皆さんから「本当にありがとう」と感謝いただき、社員のモチベーションが上がった瞬間にも立ち会えました。

この原体験から、異なるセクターの関係者がそれぞれの強みや特徴を発揮し、共通の目標をめざし取り組む共助共創が、地域の課題解決に大変有効であると感じました。それと同時に、関係者全員の達成感や、社員のやりがい、企業と社員の一体感の醸成にも強くつながると確信できました。

今田:今の田中さんの話は、まさにGEという企業がSPOであった瞬間ですね。

田中:そうですね。最近はパーパスの再定義やサステナビリティに取り組む企業が増えていると聞きます。

これは、不確実で不透明な状況下で、社員のよりどころとなるものを言語化・醸成することが、企業の持続可能性につながると認識されているからだと思います。

企業が社会課題の解決に貢献すれば、社会的なインパクトとともに企業自体も成長し、良いサイクルが生まれます。

技術の進歩やコロナの影響により、働き方や企業と社員の関係が変容し、企業が社員を選ぶだけでなく、これまで以上に、社員もまた企業を選ぶ時代になってきています。
人的資本の観点からも、社会課題の解決に積極的に取り組み、その成果を可視化する企業は、魅力的な人材を引きつけ、社員だけでなく、お客様やパートナーとのエンゲージメントも高められる可能性があります。

「サステナビリティ」は社会的インパクト、企業成長、社員のエンゲージメントの中心に位置し、サステナビリティに取り組まざるを得ないのが今だと思います。

今田:私も認定トレーナーの一人であるUNDP(国連開発計画)が作ったSDGsインパクト基準では、「アウトサイド・イン」、つまり社会や環境の状況がいかに自社の収益に影響を与えるかよりも、企業のあり方がいかに外部の社会・環境課題に影響を与えるかという「インサイド・アウト」のアプローチを推奨しています。

どちらのアプローチであれ重要なのは、社会の持続可能が企業の持続可能性につながり、逆もまた然りだという意識を持つことです。そのような意識があれば、自ずと企業が持続可能になりつつ、社会や環境も持続可能になると思います。

だからこそ、企業のサステナビリティを考えることは企業人あるいは経営陣としての責任だと思います。

先ほどの田中さんのGEの話もそうですが、企業、自治体、NPOが持つリソースや知見を相互に共有し合うことが課題解決の推進につながると考えます。

伏見:それがまさしくICHIがやろうとしていることです。各組織が持っているリソースや使えるリソースが違う中で、お互いにリソースを持ち寄ってみんなでどうSPOになっていくかが大事だと思いました。

今田:以前のように、企業がNPOを寄付で支援するだけの関係性は時代遅れになりつつあり、社会課題の解決や持続可能性を追求するための協力関係へと進化していく必要があります。

企業がNPOを支援するのではなく、企業の社会課題解決への姿勢や持っているリソース、足りないリソースを整理したうえで、どのような組織との連携が必要かについて対話し、企業のパーパス思考を前提にNPOとの関係性を築くことが重要です。

伏見:我々は「NPOが企業に支援してもらう」「企業がNPOを支援する」という表現を絶対に避けるべきですね。

企業でもNPOでもSPOになり得ますが、それぞれが担う役割や、持っている強み、特徴には違いがあることを念頭に置くべきです。

実際に企業と話す中でも、ビジネスとして社員が新規事業として地域課題を解決するプロダクトを作り上げている一方で、地域の課題を把握できていないがためにどこにマーケットアウトしたらいいかわからないという課題があると聞いています。

つまり、企業側も地域のNPOや社会的事業の皆さんが持つ情報や知見を必要としており、企業とNPOは対等な関係かつ協力関係にあるはずです。これがまさに共助共創の世界だと思います。

そこにたどり着くためにも、NPOや社会的事業の皆さんにプラットフォーム「サステナNet」に参画していただき、企業との連携を生み出していくことが必要だと感じています。

田中:企業が本気でパーパス経営を絵に描いた餅で終わらせず、地域や社会課題の解決、さらには、社会のビジョンづくりへの貢献を目指そうとするなら、セクターを超えてさまざまなステークホルダーを巻き込まざるを得ないはずです。反対に、現場で社会活動をしている人々が自らの活動を実現するためにも、企業や他の関係者を巻き込むことが必要になってくるのではないでしょうか。

つまり、社会課題解決のためには、セクターを超えることが当たり前のように行われているべきなのに、縦割りに留まってしまっているがゆえに、”セクターを超えた連携”という言葉が使われてしまっている気がします。

今田:田中さんがおっしゃったことにも通じますが、日本にはお互い様の社会を築いてきた歴史があり、「三方よし」という考え方が根付いています。

「三方よし」の考え方は数量化できないので、世間に対して良いことをエビデンスで示すことが難しいというのが、「三方よし」に対する一部の批判ですが、インパクトの数量化以前に「お互い様」という指向性はやはり重要で、日本はそれを自分たちのDNAに持っていることを自覚することが重要です。そのうえでセクターのしがらみや連携の制約が、社会課題解決の進展を妨げていると感じます。

日本は昔から行ってきたことが今はできていないように感じるので、これを本来の姿に戻すことが必要だと思います。

社会課題解決への一歩を提供するプラットフォームへ

ICHI COMMONS株式会社 代表・伏見崇宏

伏見:ICHI COMMONS株式会社の「誰もが社会課題解決の主役になれる世界」というビジョンは、「ハッとして踏み出す自分の一歩」という組織のブランドコンセプトから生まれました。

今日の対談では企業やNPOの視点が主に取り上げられましたが、我々は個人でも社会課題の解決の主役になれると考えています。

自分にとっての“主役”の定義で社会課題への関わり方を見つけられるように、我々は、個人や組織が「サステナNet」の情報を通じてさまざまな選択肢に触れ、一歩を踏み出すことができる環境をつくっていきたいと考えています。

今田:日本は危機感が薄いという話はよく出ますが、これは欧米やアジアの国々と比べても、社会課題への距離感が影響していると思います。

ICHIでは社会課題解決の“主役”と言っていますが、主役の前段階として、個人が自身のリソースやネットワークを考え、自分ごととして関わることが必要になってきます。

田中:私も今田さんと同様の考えです。

まずは「何が起きているのかを知らない、分からない」状態から、興味のあるテーマだけでもいいので、「知って、感じて、共感してもらう」ことがICHIの役割であり、我々がずっと収集・分析してきたデータベースがそこでお役に立てるのではないかと思っています。

テーマ別地域別社会活動に取り組まれているさまざまな団体を俯瞰でき、企業や個人がその関心の所在に合わせて、検索したり、診断を受けることができるライブラリーは、その点で大変有用なツールだと確信しています。

しかし、私たちの真の目標は、共感だけで終わらせず、共助共創の行動にまでつなげること。つまり、個人や企業などが自分や自社の関心領域で、どんなことでも良いので、初めの一歩を踏み出してもらうことが重要で、ここをどうご支援、促進していくかがキーポイントだと感じています。

伏見:そうですね。課題解決においてはSPO同士の連携が重要であると感じていますが、意外にもアメリカにはそれがあまりないように思います。

アメリカでは、企業がサステナビリティにおいてどう評価されるかよりも、そもそも市場として成り立っているかどうかが大きいのかもしれません。

このように考えると、地域や企業、市民セクターやソーシャルセクター、自治体などの連携によって社会課題の解決が促進されるというモデルは、「三方よし」の考えがベースにある日本人が持っている協調力によってこそ実現できると考えています。

「社会課題先進国」と言われる日本の解決モデルとしてそのような仕組みを作り上げ、まずは日本での利用を拡大し、将来的には世界に対しても提供していきたいと考えています。