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「首都圏のビジネスパーソンを地方へ」。人の流れを変える“逆参勤交代”の可能性と課題

人の流れを変える"逆参勤交代"の可能性と課題

今や機運が高まったテレワーク・リモートワーク需要と、地方創生を両立させるアイデアとして注目される「逆参勤交代」。

本プロジェクトは新型コロナウイルスが流行する3年以上前の2017年に始動し、6年目となる今年度は5つの地域でプログラムが実施されています。

今回は、逆参勤交代構想の提唱者である三菱総合研究所  主席研究員の松田 智生さんと、ICHI COMMONS株式会社(以下、ICHI)代表取締役の伏見 崇宏が、「マッチング」「情報の見える化」「課題の先鋭化」をキーワードに対談を行いました。

前編では、約5年間本プロジェクトを進める中で見えた逆参勤交代の「可能性」と「課題」についてうかがいました。

逆参勤交代とは?

「逆参勤交代」とは、地方での期間限定型リモートワークを通じて、働き方改革と地方創生の同時実現をめざす構想。

江戸の参勤交代では江戸に藩邸が建設され、全国には街道や宿場町が整備され、江戸には地方から新たな人の流れが生まれ、経済・文化が大きく発展しました。逆参勤交代はこれを逆の発想で捉え、東京から地方に人の流れを創ることによって、地方にはオフィスや住宅、ITなどのインフラが整備され、ひいては、関係人口の増加につながることを意図している。

「逆参勤交代Project」HP:https://www.relation-ur.jp/about/

対談者 松田 智生 さん
三菱総合研究所 主席研究員・チーフプロデューサー

1966年東京生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。
専門は地域活性化、アクティブシニア論。高知大学客員教授。
2017年より逆参勤交代を提唱、北海道から九州まで実証実験を展開中。デジタル庁シェアリングエコノミー伝道師、内閣官房地方創生×全世代活躍まちづくり検討会座長代理、内閣府高齢社会フォーラム企画委員、浜松市地方創生アドバイザー、壱岐市政策顧問等を歴任する当該分野の第一人者。
著書:「明るい逆参勤交代が日本を変える」 「日本版CCRCがわかる本」

社内の合意形成が課題。部長層やシニア層の参加が循環を生む

ICHI COMMONS株式会社 伏見 崇宏(以下、伏見):松田さんご自身がなぜ「逆参勤交代」に取り組まれようと思われたのか、ぜひお聞かせいただければと思います。

三菱総合研究所 松田 智生さん(以下、松田[敬称略]):原点は、自らが逆参勤交代的なことをやっていたことでした。

私はもともとはアクティブシニアの移住や社会参加の研究をしてきましたが、シニアだけではなく、首都圏のビジネスパーソンが地域ともっと関わることができないかと思ったのが逆参勤交代のきっかけです。

もともと地方創生の文脈で地方に行く機会が多かったのですが、とある地方で原稿の執筆をしたところ、豊かな自然を見ながら書いたからかやたらと筆が進みました。朝は鳥の声で目覚めて、社内会議も通勤地獄もない。ただ、移住や転職となるとなかなかハードルが高いので、2泊3日や1週間ぐらいであれば地方での生活スタイルも可能じゃないかと思い、それを「逆参勤交代」と称しました。

伏見:2017年から取り組まれているので、5年が経ちますよね。

松田:2017年から三菱総研の全社プロジェクトとして研究を始めました。

伏見:この5年間はどういう道のりでしたか?

松田:この5年間は、前期が「生みの苦しみ期」。中期は「全国10数カ所で逆参勤交代を実施してきた発展期」です。これからは「実装へ」という段階ですね。この実装期にパートナー戦略が不可欠だということで、ICHIがご提供されているサービスがピンと来ました。

伏見:パートナーというと、例えば、「企業版ふるさと納税」もお金の仲介だけではなく、人材派遣型も出てきていますよね。そういった連携先を探されていらっしゃるんですか?

松田:探していますね。僕は「企業版ふるさと納税」に大賛成で、ご存知のように、寄付額の最大9割が法人税の控除を受けられます。人材派遣型で言えば、人件費を掛けたもので算出される仕組みなので、年収1,000万円の人であれば、今まで1,000万円を給与として支払っていたものが9割控除されるということなのです。企業にとってみれば極めてお得なものなのですが、ここで問題になるのが「誰を現地に行かせるんだ」ということです。自社のピカピカのエースを1年間も地方に出しづらいですよね。ここが今のボトルネックで、企業が動かない理由だと思います。

伏見:この取り組みをまだ行っていない人たちも、コロナ禍でオンライン化が進んだことで、副業の解禁や補助金の登場によって、総論としては皆さん賛成に寄り始めていると思います。しかし、各論になったときに「誰を送るのか」であったり、「社内でどういうふうに制度化するのか」というところで、とてもハードルが高いというのが現状だと思います。
その中で、実際に「逆参勤交代」の導入にうまくいっている企業のケースは、シニア層や部長層の方々が地方に行かれて、その部下たちも行くという循環ができていると事前に伺っています。「企業版ふるさと納税」の場合はどうでしょうか?

松田:企業版ふるさと納税、特に人材派遣型については、うまくいっているケースが私の中ではまだピンときていません。ただ、通常の企業版ふるさと納税でいえば、ニトリのように、創業の地である北海道でやることは今後も大いにありえると思います。
動いていない企業は、ある特定の地域にふるさと納税をするとなると、ほとんどの場合で経営会議でOKが出ないんですよね。「なんで1,800近くある自治体のなかでそこなんだ」という説明を求められた時に、納得させられる説明ができず、合意形成が取れないことが多いです。これが、逆参勤交代と企業版ふるさと納税を掛け合わせ時の最大の課題です。

伏見:我々も大手企業に話に行くと、理由付けができずに話が詰まることが多いですね。なぜその地域に自分たちが関わるべきなのか、他の地域にも自分たちはビジネスチャンスがあるのではないかと。

松田:同じような悩みですね。

伏見:結局日本のいわゆる組織内の意思決定のプロセスが、物事が前に進まない理由の一つだと感じます。

松田:ではどうしたらいいんだろうと考えた時に思うのは、江戸の参勤交代なんですよね。日本人は横並びであり、権威に弱い。水戸黄門でも、葵の御紋を見るとひれ伏したわけです。
そう考えると、国の制度として、上場企業の責務として、SDGsの実践の一つとして、「逆参勤交代」や「企業版ふるさと納税」をやらなければいけないと。実施しない企業は法人税を50%増税する、実施する企業は大幅減税するくらいのドラスティックな政策や制度改革が今こそ必要だと思います。

伏見:罰則規定やアメとムチですね。カーボンクレジットなどもそうですが、国が動かないと特に日本の大手企業は動けないだろうと思います。日本の大手企業が動かなければ、そのサプライチェーン上にいる組織も動かないという悪循環ですよね。

松田:そうですね。私も大手企業が動いて、グループ会社の下部組織にまで浸透させる必要があると思っています。やはり最終的には社長の腹のくくり方だと思います。社長が自ら、例えば現地に行って課題解決のフィールドワークに参加することが必要です。
また、「横並び」という日本人の国民性を逆手に取るアイディアでは、「ライバルのあの企業が実施しているなら、わが社も取り組まないと」と良い刺激になりますね。

逆参勤交代プロジェクトが生み出した、まちの「潜在課題」

伏見:今取られているアプローチは、私の認識だと「丸の内プラチナ大学」という講義を関心のある個人に対してご提供されていて、いわゆる大手企業で働くプロフェッショナルや、ご自身で事業を営む方々が参加しているかと思います。
最終的には、人材育成の切り口で企業に対して提供していく道筋を考えられているのか、それとも純粋にまずは関心のある個人からケースをつくっていくのか、どうお考えですか?

松田:まず個人をきっかけに、次に組織に広げていきたいと考えています。実を言うと、良い事例が最近出てきています。大手IT企業の経営企画室の室長が逆参勤交代のフィールドワークに参加されて良かったということで、部下も参加させる動きが出てきています。
法人での取り組みがゴールですが、入り口は個人のボトムアップでケースをつくっていきたいという考えです。今後は併せてトップダウンの経営者逆参勤交代や役員逆参勤交代も仕掛けようと企画中ですので、是非貴社と連携したいと思っています。

伏見:逆参勤交代の参加者は、地方での起業や兼業、副業を考えていらっしゃる方々が多いのでしょうか?

松田:そうですね。地方でいきなり起業は難しいとしても、自社の興味や専門性や人脈を生かして何かを生み出したいと考えている人が多いです。

今年9月に浜松市のフィールドワークを3日に渡って実施したんですが、リノベーションのまちづくりを学んだり、浜名湖や砂丘などの観光資源を見て回ったりしました。最終日には市長向けに全員が4分ずつプレゼンテーションをするんです。大手IT企業、財閥系の大企業、中央官庁から、スタートアップの社員やフードコーディネーターや公認会計士まで、さまざまなバックグラウンドを持った方々が参加してくださいました。

浜松市フィールドワークの様子(出典:丸の内プラチナ大学)

伏見:そういう意味では、ローカルイノベーション的な領域で、会社として何ができるのかを模索していると。

松田:そうですね。最近は、大手企業をご退職されたシニア層にも注目しています。社会的意識が高く、資金にも余裕があって社会のために使いたいと思っていらっしゃる方々ですね。

伏見:自治体はどういうふうに見つけていらっしゃるんですか?

松田:私は2010年頃から地方創生の取り組みで全国の自治体を回っていたので、そこでつながりができた首長(市長や町長)に話をしに行っています。

伏見:一人称で、都市部から人材を受け入れたいと思っていらっしゃる方々でないと、やはり響かないこともあるのでしょうか?

松田:そうですね。先ほど話に上がった静岡県浜松市も、長崎県壱岐市も、これまでの逆参勤交代の事例はすべてトップの市長に話をしています。やはり役所の性質として、ボトムアップよりも、熱量や思入れのある市長によるトップダウンの方が進みやすいです。

伏見:弊社も今、広島県と業務委託提携をして、企業が地域で課題解決に取り組んでいる団体に企業版ふるさと納税をして、必要に応じて連携もできるというサポートをしています。
その中で、各自治体が出している再生計画は実は類似しているものが多く、松田さんがおっしゃっていたように、「課題が先鋭化されているかどうか」がキーなのかなと思いますが、いかがでしょうか?

松田:まちの「課題」については、市長や町長が課題と認識する顕在課題の解決や、その思いを実現していくやり方と、よそ者として市長や町長が気づかない潜在課題を提示して実現していくやり方の2パターンがあることがわかってきました。と言うのも、市長や市民が感じている課題と、首都圏からの参加者が見た課題は違うことがわかってきたからです。

北海道上士幌町の事例でいうと、町長や町の職員は「廃校の活用が課題だ」とおっしゃっていました。これは顕在課題です。しかし、逆参勤交代に参加した某企業のシニア社員は、「上士幌町は再生可能エネルギー自給率も食料自給率も1000%を超えており、まさにSDGsを体現している街なのに、なぜSDGsを謳わないで、廃校活用のことばかり言っているんですか?」とプレゼンされました。これはSDGsの訴求というヨソモノによる潜在課題の発見ですね。

その提案が町長に響いて、提案者の彼は町のSDGsアドバイザーに任命されました。職員の研修実施から、国のSDGs未来都市の資料作りまですべて彼が関わり、その結果、見事に国のSDGs未来都市に選定された実例があります。
今後は、課題のマッチングが大事になってくると思っています。

北海道上士幌町での市長プレゼンの様子(出典:丸の内プラチナ大学)

伏見:上士幌町の事例は、潜在課題のほうが世の中には魅力的に見られてお金が回りやすいものだから、手段として選ばれるべきものだったということですね。町の中にいる方々にはなかった視点を、逆参勤交代が生み出すきっかけとなった好事例ですよね。

松田:これからは、このような事例に加えて、お金の流れも変えていきたいと考えています。ICHIの『わくわく寄付コンペ』を使って、例えば壱岐で言えばイルカパークのドルフィンセラピーの事業へ寄付したり、浜松で言えば地元のローカルイノベーションに対する寄付であったり、本当にやれることはいっぱいあると思います。

伏見:そうですね。どのレイヤーに一番フォーカスを当てると、自治体が動きやすくなり、そこに参加する人たちも動きやすくなり、ひいてはその企業が動きやすくなるのかを起点に考えるといいのかなと思っています。

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